趣味が仕事になればいいなと思うことが多々あるけれど私はそう言うことばかり若いときから考えていたような気がします。
しかし現実はなかなかつらいことも多く、ましてお金に変える事なんて容易ではないとおもうのです。
それは若いときから考えていて、だったら趣味を越えて”好きなもの”に変えて自分をそこに持っていけば生業は出来るのではと思い、それを続けてきました。
その時々によって様々な事に翻弄され、自虐し、喜び等あったけれど常に自分の好きなものを中心において今まで生きてきたような気がします。
なんか今日は哲学的ですが、休みの日なんてのはこんな事を考えるためにあるのかな~って、、、
15歳の時に音楽が”好き”になり10年間それを目指しある時期それで生業ました。今音楽は趣味になりました。
30歳の時にコンピュータが”好き”になりました。まだ国内ではパソコンとは言って無くてマイコンとか言ってました。胸焦がれて”好き”になってどうしようも無くなって海外へなけなしのお金を持って飛び立ちました。
○○年間(年齢解りますから)コンピュータ関係の会社を経営し1昨年その会社をM&Aにて売却しました。
○○年間がむしゃらでした。コンピュータが大好きだったから、、、売却したのは会社において私の役目がもうそろそろ終わったのかなぁ~って思ったからです。
私が居なくても会社は回っているし、何の問題もなかったのです。
社長には2通りのタイプがあると言われています。1つは社員をもり立て後押ししブルドーザータイプの人、もう1つは人に話すより自分が行動して結果を出していく人。理解は自分でしろというタイプ。
私の一番の弱みはいままでの就業履歴の中で組織に一度も入ったことがないことです。それは自分で充分解ってることでした。
私のタイプは残念ながら(これはこれでよいのですが、、)後者です。”好き”なコンピュータの仕事はもうこれでおしまいにしよう。会社を売却し半年後、いきなりですが漁師になろうと思いました。
釣りは昔からの趣味でしたが、そのころ年間、60回位釣りに行ってましたから、、、船の免許も取りました。
2級免許から1級免許へ 勉強しました。ちなみに1級免許の試験問題は海洋大学校の受験問題クラスです。
問題:”今この星を観て現在の緯度・経度をだせ”おぃおぃ星を観て位置なんか出したことなんてないぞぁ~星を見上げて唄作ったことはあるけど、、、
釣りも趣味からだんだん”好きなもの”になり始めてました。
漁協を調べ各漁協の組合員に成るための手続きはどうなっているんだろう、、、
する事はいっぱいあって楽しい時間は過ぎて、、それなりのシミュレーションも出来上がってましたが、断念せざるを得ないことがありました。
悲しいことに年齢制限です。若い頃は扇が目一杯開いていて何でも出来たのにもうあと3折れで閉じるような扇に、この年齢制限が引っかかりました。
それと漁師になるには年間最低90回以上出漁しなければいけないと言うルールも厳しいものです。
冬の玄界灘は北西の風が強く、3メートル以上の波でも出漁しなければ90回以上は達成できないでしょう。
はじめて”好きなもの”で仕事には出来ませんでした。
今の船は3艇目で、何かこの船で仕事がと模索していたところある業界とコンタクトをとるようになり、お付き合いを始めたのですが(サービス業です。)
その業界のサービス業界の料金体系に?どうしても納得できなかったのです。何かおかしい!!何とか改善できないものか?私で出来ることが?
またこの?についてのシステム作りに没頭する日々が続きました。
このシステムの特許申請についても勉強しました。そして今だその業界改善までには至っていませんが、それへつながるビジネスモデルを確立しようと飛び回っています。今は使命感を持ってこのビジネスが”好き”になっています。
釣りと船は一生続けるでしょう。海が大好きというのもありますが、いつも自分が確認出来る場所だと思うからです。本当は漁師を断念して良かったと思うのです。命を懸けなければ生業として達成できないからです。釣りはこれからも趣味で楽しもうと思います。
(土曜日の昼下がり)
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